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青森県十和田市正法寺蔵のオオカミ下顎骨加工品(根付け)

                         二ホンオオカミを鑑定する/後足の遺物から

 

吉行 瑞子 MIzuko Yosiyuki元国立科学博物館主任研究官

『お寺から送られて来た遺物』
 このたび、二ホンオオカミのものと思われているミイラの鑑定依頼をうけました。
この遺物は青森県十和田市の寺院に保管されているもので、言い伝えによれば、約百数十年前に土地の猟師が射殺し、五戸ごのへ代官所に差し出したものの一部といわれます。現在ではその寺院の家宝とされている様です。当時、二ホンオオカミは重要な家畜をおそうということで、人にきらわれていたのかも知れませんね。
 宅配便で到着したものはミイラ化した右後足で、下腿部の先端部で切断されて脱毛していました。

『足の長さを調べる』
 この後足長(爪を含めない)は200mm(図1、1a-1b)で、国立科学博物館所蔵の福島県産の二ホンオオカミCanis hodophilax Temminck,1839 ものよりわずかに10mmほど長く、よく似ています。表1で他の数値と比較してみましょう。 この長さは二ホンオオカミのそれに近いようです。しかし長さだけでは説得力に欠けるので、次の記事からヒントを得て、後足の指球と足底球の最大長、最大幅も調べました。

『足のうらの長さと幅を調べる』
 平岩1)は「足跡は狼が長さ5に対し幅3.5、犬は5に対し幅4」としています。いっぽう今泉他2)は「足あとのかたちは、どんな犬でも円形です。オオカミの足あとはイヌとちがって、楕円形で、キツネの足あとに似ていますから、熟練した猟師は足あとを見ただけで、イヌかオオカミか区別できるといわれます。」と記しています。
 やわらかい地面や雪の上に残されたイヌ科の動物の足跡には、ふつう指球と足底球のあとが残っています。鑑定依頼のものには幸いに固くなった指球や足底球が残されていました(図1)。問題の足は指球の前端部から足底球の後縁部までの長さ60mm(2a-2b)、その最大幅38mm(3a-3b)、その比率(幅÷長さ×100)は63.3%です。
 それから、Murie3)のアラスカオオカミとエスキモー犬(図2)についても同様に測ってみたところ、表2のようになりました。このように足跡に見られる指球の長さと幅の比率を比較しますと、問題のものはエスキモー犬よりもアラスカオオカミに似ています。
 また北米産のオオカミのなかで、最小の亜種であるメキシコオオカミの後足の指球から足底球までの長径は、Brown4)によると表3の通りです。問題の後足の数値は、メキシコオオカミよりもかなり小さいようですが、乾燥して収縮しているので、測定値は短くなっていると思われます。
 なお、日本にはかって、北海道にエゾオオカミ、本土に二ホンオオカミが住んでいました。エゾオオカミは後足長(爪無し)250mmもあり、はるかに大型でした。
 したがって、十和田産のこの後足は二ホンオオカミのものと考えられます。

                 (国立科学博物館 動物研究部)

表1正法寺.JPG

②新しい学名が与えられるときに基準となる標本。
    2002年小原巌論文にてメスである事が確認されている為それに従う。
③M.P.Andersonが入手したもの。最後の二ホンオオカミ標本。
④科学博物館蔵。標本番号NSMT-M100。

 

   表2 指球の長さ・幅・比率 

表2正法寺.JPG

表 3 指球から足底球までの長さ(メキシコオオカミ) 

表3正法寺.JPG

【注】

1)  平岩米吉.1981.狼、その生態と歴史.
2)  今泉吉典・大石勇・正田陽一・塩田賢一.1983.このふしぎな動物―イヌ.
3)  Murie.O.J.1954. A Field Guide to Animal Tracks、Boston.
4)  Brown,D,E,1983. The Wolf in the Southwest, University Arizona
       Press, Tucson, Arizona.

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三峯博物館蔵 ニホンオオカミ標本との対比

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CANIS NO31 AUGUST 12, 2013  
監修: 八木 博               
企画: 牙映像企画 井上百合子 
発行: 秩父宮記念三峯山博物館 
編集: 渡部弥一郎             

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