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和歌山大学教育学部起用  自然

​科学第39集 55-60(1991)


           和歌山大学所蔵のニホンオオカミ剥製標本から                 

とり出された頭骨について



 

宮本 典子

 


On the Skull of Japanese Wolf(Canis hodophilax Temminck)
     Taken Out from the Mounted Specimen
          Preserved in Wakayama University  
    Fumiko Miyamoto
Department of Biology、Faculty of Education、Wakayama University

 

                  Abstract

   The skull of Japanese wolf which had been taken out from the mounted specimen ofJapanese wolf preserved in Wakayama University was examined to confirm whether it possesses the characters common to the species.
   The characters found by lmaizumi(1970) to be common to this species also apperred in this skull. These characters are as follows. (In parenthesis appearance ratios in C. hodophilax obtained by Imaizumi are shown)
     1. Kind of bone forming post-orbital process of zygomatic arch (highest point of zygomatic arch):         squamosal (temporal process) (100%).
     2. Shape of anterior border of nasals:V-shape (100%).
     3. Breadth of lachrymal at external border of lachrymal foramen (lachrymal canal:wide (100%)
     4. Position of posterior palatine foramen (minor palatine foramen): at the same level of the forward           of M1 (100%).
     5. Shape of exposed portion of presphenoid:distinct wing shape projections at the center of the             bone (63%).
     6. Distance between jugal (zygomatic) and glenoid fossa (retroarticular process):longer than the            diameter of gleniod fossa (72%).
     7. Relative length of external border of auditory mertus is lateral to postglenoidal foramen                      (retroarticular foramen) (100%).
     8. Anterior opening of alisphenoid canal (anterior alar foramen):divided into two foramina (60%).
     9. Shape of anterior border of mesopterygoid fossa at palatine bone:emarginated (notched at                posterior margin of palatine bone ) (100%).
   10. Condylobasal lenght:205.2mm. slightly larger than the average of 11 skulls obtained by                    Imaaizumi.
   11. Alveolar length of P4:20.0mm (left) and 21.0mm (right) (same).

  These results confirm the conclution of Imaizumi that hodophilax may not be a subspecies of C. lupus but a distinct species well differentiated from any other forms of the genus.

 

 

ニホンオオカミとはどのような動物だったのかは、現在では、残された数少ない資料から伺い知るほかはない。それらの資料のいくつかは、その特徴から、ニホンオオカミであるとみられているのであるが、果たしてその標本が、真にニホンオオカミであるか、又それらの特徴がニホンオオカミに共通したものといえるかどうか、疑問も多かった。本学に保存されているニホンオオカミの剥製標本は、1981年にそれから頭骨標本がとり出されるより前から、ニホンオオカミと同定されていた(1983)。従って、とり出された頭骨はニホンオオカミの特徴を知る上で、きわめて貴重なものとみることができる。

 今泉(1970 a b)は、ニホンオオカミのタイプ標本と6体のニホンオオカミと推定されている頭骨標本を精査し、さらに、ニホンオオカミのものと見られる7体の頭骨標本と、約700体のCanis 属頭骨標本を比較し、いくつかのニホンオオカミ同定用の形質を提示している。また、その比較をもとに、ニホンオオカミは他の種とはかなりかけ離れており、これまでPocock(1935)、阿部(1936)、斉藤(1964)、直良(1965)、末松(1950)、宮尾(1984)、平岩(1981)などが見直したような、シベリアオオカミ Canis lupus Linnaeus1758、の亜種ではなく、独立種、Canis hodophilax とすべきであると述べている。

 筆者は、このたびライデンにあるタイプ標本と、大英博物館にある標本類を現地で直接調べることができた。そこで本稿では、今泉の扱った「ニホンオオカミと思われる」標本がタイプ標本と真に同一であるとかていした上で、本学所蔵の頭骨について今泉のあげた諸形質を調査し、それが今泉のあげたニホンオオカミの種としての特徴を備えているかどうかを明らかにしようと試みた。

                        材料と方法

 本学に保存されていたニホンオオカミの剥製より1981年に取り出した頭骨を観察対象とした。さらにオランダ、ライデンの国立自然史博物館に保存されているニホンオオカミ頭骨標本2個(タイプ標本)、エゾオオカミ1個(タイプ標本)、大陸のオオカミ28個(すべてCanis lupus)および国内で調査の機会をえたニホンオオカミ(石川県七尾高校蔵)を参考とした。

 調査した識別形質は、今泉(1970 b)の提示したもので、肉眼による判定とノギスによる計測を行った。各部の解剖学上の名称には、今泉の用いたものをそのまま使用したが、それとともにMiller(1964)を参照した。

                        結     果
     1.      頬骨(頬骨弓)後眼窩突起背側先端を形成する骨の種類: 鱗骨(側頭骨)の頬骨突起からなる。
       左側は、上端で、右側では頬骨の側頭突起にかぶさっている。今泉による9体のニホンオオカ
       ミもすべてこの形で、本学の標本はこれに完全に一致した。(図1B)。
    2.      鼻骨前縁の形: 本学のオオカミでは、右側鼻骨前縁が、一部欠損している。
      左側の鼻骨からはんだんすると、左右の鼻骨前縁は、約45°の角度をなす浅いV字形にくぼみ
      、中央に前突部はなく、今泉の調べたニホンオオカミ5体と同じであった。(図1C)。
     3.      涙骨の涙孔(涙襄窩)外縁の幅:今泉による広さの程度が明らかでないが、本学の標本では右
            10.1mm、左10,7mmあり、かなり広い部類に入るのではないかと思われる。(図1A)。
     4.      後(小)口蓋孔の位置: 右側はM1(注、原文どおり)中央より前方で、M1(注、原文どおり)の先
        端より約3mm後方に寄ったところに位置する(図2E)。左口蓋骨に欠損があり(写真1)、左側
        の口蓋孔は明らかでない。右側では、今泉の8体のニホンオオカミと同じ範囲にある。しかし
        今泉によると、他のCanis 属頭骨でもこの形態をとるものが多いようである(今泉、1970b、
            1980)。
     5.      前蝶形骨露出部の輪郭: 前半部が細く後半部には、約10mmの幅をもつ顕著な翼状の輪郭をな
      し底蝶形骨に続いている(図2B)。今泉のしらべたニホンオオカミの63%がこの形である。
       しかし、信州柴犬をはじめ、いくつかの日本犬でもこの形がしばしばみられるようである
          (小原・今泉 1980)。
     6.      頬骨後端と関節窩外端の距離: 関節窩の径(上下径)は約14mmであり、関節窩外側端と頬骨後
      端は、左右とも14mmから16mm離れている。今泉によれば、ニホンオオカミの72%以上がこの
       範囲にあり、他のCanis属の動物におけるよりも離れている(図2)。
     7.      外耳道外縁の位置:左右とも後関節孔より外側に位置している。今泉によれば、ニホンオオカ
      ミの100%がこの形である(図2)。
     8.      翼蝶管口(前翼孔)の構造: 翼管(canalis alaris) の前方の出口である前翼孔は、左右とも、完全
      に二分している(図3,4)。俗に、ニホンオオカミでは側頭神経孔が4つ(後翼孔、卵円孔を入れて6
      つ)あるのに対しイヌでは3つ(同じく5つ)あるといわれている。今泉の調べた10個のニホンオ
       オカミの頭骨のうち、60%がこの形である。
     9.      翼状骨間窩前縁(骨口蓋後縁)の形: 前報(宮本・牧、1983)に記したように、口蓋骨後端正中
       部が、後方へ突出するかわりに、前方へ矢筈形に湾入している(第2図A)。今泉の調べた6体
       のニホンオオカミでも、湾入がみられるか、またはほぼ直線的な形であり、後方へ突出してい
       るものはなかった。
    10.   頭骨基底全長(頭骨基底長): 本学のニホンオオカミでは205mmである。今泉の調べた11個体の平
     均は195.7mmであった。また最近報告された丹沢産の7体のニホンオオカミでは平均202mmで
      あり、本学のものとほぼ同じ大きさであった(小原、1990)。
    11.  上顎第4前臼歯(小臼歯)の長径:左21mm、右22mm。今泉のものでは、12個体の平均20.0mmで
      あった。

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考       察

  以上11の形質については、本学の頭骨の特徴は、大きさが今泉の平均よりやや大きい他はすべて、今泉の調べたニホンオオカミ標本において最も多く出現している特徴に一致した。さきに述べたように、本学の標本は、剥製の外形からニホンオオカミと同定されていたものであり、さらにとり出された頭骨は、剥製と同一個体のものと考えてほぼ間違いない。従ってこの一致は、本学の頭骨がニホンオオカミであることを裏付けるものとして大変重要であると思われる。
ここに示した11の識別形質をもとに今泉は、Canis属の21種(亜種を含む)の間で、数量分類学による類似度を算出している。今泉のデーターに本学のものを加えると、ニホンオオカミの特徴的な型の出現率はすべて高くなり、他の種との距離は、より大となった。

酵素などのタンパク質と異なり、骨の形や、神経や血管の通る孔の数などという形質は、遺伝子DNAの配列をどの程度反映しているのか、現在全く明らかでない。従って、どの程度の類似度の差が、同一種でないことを裏付けるのかは、難しい問題である。又現在、広く行われているタンパク質や核酸の分析による類似度の測定は、ニホンオオカミの生存が絶望的である今日では、ほとんど不可能と思われる。今回調査した識別形質には、ニホンオオカミの特徴として多くの人により認められているものが、主となっている。形質の選択のしかたによって、他種との遠近関係が変わって来ることも考えられる。しかし、シベリアオオカミのグループと、ディンゴ、ジャッカル、イヌなどとの差よりも、シベリアオオカミとニホンオオカミの差の方がはるかに大きい(今泉、1970b)ということをみると、著者は、今泉が述べているように、ニホンオオカミは Canis lupusの亜種ではなく学名はもとの通り独立種とし、Canis hodophilax Temminck、1839 とするのが妥当であると思う。

Temminckにより1939年に初めて記載されて以来、ニホンオオカミの特徴は、数々あげられて来た。(Temminck、1839;Siebolt、1842;Abe、1933、1936;Pocock、1935;直良、1965)。しかし、ニホンオオカミのみに見られるという特徴はなかった。さきに挙げた識別形質でも、ニホンオオカミの全ての標本にみられるが、他のCanis 属においても散見されるものがあった。ライデンの国立自然史博物館にあるタイプ標本の頭骨では、前翼孔は左右とも二分されていなかった。この点で、本学の標本も今泉のとり扱ったニホンオオカミ(と思われる)標本の多くもタイプ標本に一致しない。また、大英博物館所蔵の有名な鷲家口産の最後のニホンオオカミ(05.30.1.5)では、口蓋骨後端正中部の湾入はかすかであった。いっぽう、著者の見た28個の大陸のオオカミでは、3体に口蓋骨後端に湾入があり、また3体で、前翼孔の片方が二分していた。そして別の3体では前翼孔の(片方)奥で二分しているのがみられた。しかし1例を除いて、これら2つが同時に現われているものはなかった。図5はその頭骨で、スエーデン産のC.lupus である。口蓋骨後端にかすかな湾入がみられ、左前翼孔が、奥の方で二分していた。しかし写真に見るとおり大きな鼓骨胞をもち、頬骨弓も低く位置し、全体としてニホンオオカミと全く異なる感じである。従って今泉のいうように、いくつかの特徴的な形質を組み合わせれば、同定用形質として利用できると思われる。

なお、ライデンの国立自然史博物館にあるニホンオオカミのタイプ標本は年をとった雄といわれているが、はっきりと乳頭があり、一方頭蓋骨の矢状稜(sagittal crest)はあまり発達していなかった。本学の標本は、かって乳頭が存在したため、性別は雌と判定されている。今後この点について検討が必要だと思われる。

                    謝   辞

本学に保存されていた剥製標本から、頭骨が取り出され、報告(宮本・牧、1983)をしたことをきっかけに、われわれには、多方面から多くの情報や、ご教示をいただいた。これら多くの方々に深く感謝する。

京都大学理学部の田隅本生博士には、本稿の校閲をはじめ、数々の御指導をいただいた。ここに厚く御礼を申し上げる。

                    文    献

Abe Y.(1930): on the Corean and Japanese Wolves、Journal of Scienca of Hiroshima University、Ser B.Div/11、33-37.
阿部余四男(1933):ヤマイヌに就いて、日本犬、2-2,13-21、日本犬保存会
阿部余四男(1936):日本領内の狼に就いてポコック氏に与ふ、動物学雑誌、48、639-644.
平岩 米吉(1981):狼―その生態と歴史―、池田書店.
今泉 吉典(1970)a:ニホンオオカミの系統的地位について 1 ニホンオオカミの標本、
哺乳動物学雑誌、5,27-32.
今泉 吉典(1970)b:ニホンオオカミの系統的地位について 2 イヌ属内での頭骨における類似関係、哺乳動物学雑誌、5,62-66.
今泉 吉典(1980): イヌ科におけるイヌの系統的位置、在来家畜研究会報告、9、7-52.Miller,M.H.,G.C.Christensen of the H.E.Evans(1964):Anatomy of the Dog.  
W.B.Saunders phila.,113-157.
宮本典子・牧 岩男(1983): ニホンオオカミ剥製標本の改作と新しくとり出された頭骨について、和歌山大学紀要、自然科学 32、9-16.
宮尾嶽雄・西沢寿晃・花村肇・子安和弘(1984):早期縄文時代長野県栃原岩陰遺跡出土の哺乳動物 第7報、オオカミの骨と歯.   生長 23、40-56.
直良 信夫(1965): 日本産狼の研究、校倉書房.
斎藤 弘吉(1964): 日本の犬と狼、雪華社(東京)
小原巌・今泉吉典(1980): 日本犬の頭骨及び歯に見られる形態的特徴、在来家畜研究会報告、19、139-154.
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Pocock,R.I.(1935): The Races of Canis lupus.Proc Zool.Soc.Lond、647-686.Siebolt,P,Fde.,C.J.Temminck,H.Schlegel.W.De Haan(1842):Fauna Japonica(日本動物誌)                                (田隅本生訳 狩猟界(1988) 9月号29-33 狩猟界社)
末松 四郎(1950):新「やまいぬ」標本、和歌山大学教育学部紀要学芸研究、1、85-87.
Temminck, C.J. (1839): Over de kennis en de verbreiding der zoogdieren van japan
 Tijdschrift voornatuurlijke Geschiedenis sn physiologie,pt.5, 274-293.

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